2010. 9. 1
奥中 章人
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【最終回】 (2010年3月18日公開)
「関西文学」編集長という肩書きを長く使ってきたせいか、「コテコテの関西」ふうコメントを求めて、東京のテレビ局が私の事務所へ来ることがあります。私がその手に乗らず、きちんと大阪の実像を伝えようとすると、結局そのコメントは報道されないことが多いのです。そこはまあ割り切って、東京が要求するキッチュな大阪像に乗っかって商売したほうが話が早いのに、と忠告してくれる人もいますが、己を安売りしても空しいだけでしょう。
■大阪の文化・歴史を知らない編集者や広告代理店
夕方の時間帯に放送されている在阪民放報道番組で比較的マトモな『スーパーニュースアンカー』(関西テレビ)の記者がインタビューを撮りにきた折、大阪の本質にかかわる質問がなかなか的を射ていたので(つまり、押し付けられた固定観念としての大阪像に囚われていない人だったので)嬉しく思ったものですが、そんなケースは稀。近ごろ大阪で仕事をする編集者や広告代理店の社員と話していると、大阪の文化や歴史をほとんど知らず、歪んだ大阪像を信じこんで(信じこまされて)いるのにギョッとさせられることがあります。
どうしてこんなことになってしまったのでしょうか。意外と単純なところに理由は潜んでいるのかもしれません。というのは、ひとつには京都の大学の出身者が大阪にも多い(多すぎる)ということが影響しているのではないでしょうか―京都の大学には東京から招かれる教師が昔から多く、そんな教師たちは大阪を軽んじる傾向があって、大阪へは足を伸ばしたがりません。そんな教室で学んだ学生たちは、おのずと大阪で就職したがらなくなります。(「京都で学び、大阪で働く」といった図式も今や消えつつあるのでしょう)
やはり、青春時代という心の涵養期をどの街で過ごすかは、人間のアイデンティティ(思い込みの体系)形成にとって重要な意味を持つことは確かです。
■大阪と兵庫の大学がみな潰れてくれれば……
一昨年のこと。そんな現象に追いうちをかけるような事件が報道されました。京都府立大学の男性准教授が、大阪の公立大学を中傷するファックスを、三十四都道府県・三〇一高校の進路指導部に送っていたことが判明したのです。京都府大が新設する学部の受験を勧めるに当たって「一般入試の御案内と御願い」と題し「ひったくりなどの刑事事件が頻発し、きわめて悪評の高い大阪南部にあります大阪府立大学や大阪市立大学とはまったく比較になりません」などと記していたのです(わざわざ太字や下線で強調までして二つの在阪大学を中傷していました!)。
この忌まわしい一件は、ファックスを受け取った高校の通報で明るみに出たわけですが、「少子化が進む中、京都の大学が生き残るには大阪と兵庫の大学がみな潰れてくれれば」などと京都の大学関係者がホンネを語る場面に私は偶然にも居合わせたことがあったので、驚きませんでした。
■東京の奥座敷は京都
劇作家の山崎正和氏は丸谷才一氏との対談集『日本の町』のなかで、〈江戸―京都〉と〈京都―大坂〉の精神的距離感は等しく、だからこそ江戸・大阪・京都は「三都」と呼ばれた―と説いていますが、最近は東京と京都の間の距離のほうが近くなっているようにも感じます。東京で制作されるTVドラマにどれほど京都が登場するかを見ても、また、東京の編集者が「京都人が教えたがらないホンモノの京都」といった特集記事を喜々としてつくっているのを見ても、もはや京都は東京の奥座敷と化した観があり、関西圏というより首都圏に近いといった印象すら受けるのです。
その兆しは一九七〇年代頃からありました。当時、私は東京で暮らしていましたが、東京の人々(東京へ集まっている日本人)が京都をたいそう好きなのに気づきました。でも、それを関西の知人たちに説明しても、その頃はピンときてくれなかったものです。当時は大阪という都会の吸引力にはまだまだ強いものがあり、たとえば七十~八十年代に京都で旗揚げした学生劇団(「そとばこまち」「上海太郎舞踏公司」「M・O・P」…)なども、劇団が大きくなるにつれ大阪に本拠を移すケースが少なくなかったのです。その頃にもっとソフトを蓄積する方向に大阪の街をもっていければよかったのでしょう。
■まだ決して手遅れではない
博覧会やオリンピックといった大型イベント、ハコモノやテーマパークの誘致を繰り返しても、若者は戻ってきません。「歴史と文化と観光は京都、ビジネスとイベントは大阪」などと言っているうちに、大阪は伝統的なアイデンティティを見失っていったのではないでしょうか。それはとりもなおさず、足元の文化と歴史を知らなく(知らされなく)なってしまったことに因ると考えた私は、それでも今から仕切り直せば、まだ決して手遅れではないとの思いから、この「見巧者列伝」を書きつづけてきた次第です。
一年余ありがとうございました。
2010. 3. 18 (木)